大恋愛  泣ける 167

砂にまみれたアンジェリカ

脳みそとアップルパイ

「これ僕の小説なんです。」と言って『脳みそとアップルパイ』を尚(戸田 恵梨香)に見せる真司(ムロ ツヨシ

「ぇ、ぁ、本読めない」と首を横に振る尚(戸田 恵梨香

「じゃあ、僕が読んでもいいですか」と尚(戸田 恵梨香)のアルツハイマーの進行の速さを感じながら真司(ムロ ツヨシ)は言った。

『彼女は、あの頃からいつも急いでいた。まるで何かに追われるように、いちも、いつも走っていた。人は誰しも残りの持ち時間に追われている。そして、死に向かって走っている。だからと言って、そのことを普段は意識しないものだ。でも、彼女は違った。生まれた時から残り少ない持ち時間を知っているかの如く全力で走っていた。』

尚(戸田 恵梨香)は、ただ黙って真司(ムロ ツヨシ)の読んでくれる『脳みそとアップルパイ』を聞いていた。そして何か心地よかったのか、笑顔になった。

『女医だと聞いていたが、人を見下す高慢ちきな女に見えた。・・・自分でも忘れかけていた遠い作品が、見知らぬ人の体の中で、こんな風に息づいてる事に驚きを感じた。僕は何故か彼女を直視する事が出来ず、ずっと水漏れではがれかかった壁に向かって立っていた。・・・シンジと出ても気づかないのかと半分安堵し、半分失望した。間宮真司のファンなんて調子の良い事言いやがって、』と読み聞かせる真司(ムロ ツヨシ

「間宮真司」と尚(戸田 恵梨香)は、呟いた。

驚いて、尚(戸田 恵梨香)の顔を見る真司(ムロ ツヨシ)だが、思い出してはいなかった。そして、真司(ムロ ツヨシ)は読み続けた。

『俺が背を向けて歩き出すと、”ねぇ”彼女がまた声をかけてきた。何だよまだ言う事あるのかよ。と思って振り返ると、何かを彼女は空に投げた。綺麗な放物線を描いて俺の手に落ちてきたのは、あの黒酢ハチミツドリンクだった。・・・・・』

「もうやめますか」と、尚(戸田 恵梨香)の体調を気遣って真司(ムロ ツヨシ)が言うと、
「読んでください。」と、続きを聞きたそうな尚(戸田 恵梨香)が言った。

『もうこの位かなと思って顔を話すと、彼女は俺を見つめたまま”あっちいこ”とベッドを指さした。もう一か月以上シーツも枕カバーも変えていないベッドに行くのは躊躇されたが、他に行く所ももはやなかった。』

「ハッハッハッハッ、すてき、私もそんな恋してみたいな~」と、喜び笑う尚(戸田 恵梨香)だった。

「じゃあ、」と言って立ち上がる尚(戸田 恵梨香
「あの、また会いに来てもいいですか。小説の続きを聞いて貰いたいんです。」と聞く真司(ムロ ツヨシ

「はい。待っています。」と、自分の意志で答えた尚(戸田 恵梨香

真司(ムロ ツヨシ)さんの語りが優しい反面、それと同じくらい切なくなりますね。きっと途中で尚(戸田 恵梨香)さんが、間宮真司とつぶやいたのは、無意識に忘れないでいたいと言う願望だと思いますよ。刻み込まれたかもしれませんね。